旅の記録とか

旅行記など適当に。

013.jpg

 ウマイヤード・モスク及びサラディン廟のツーリスト用出口は、行きに通ってきた市場の柱廊広場にほど近い。上はその柱廊直下からモスクを見た写真。休日だがツーリスト目当ての露店が立っている。でも振り返った市場のアーケード側の店はひとつも開いておらず、閑散としている。

014.jpg

 市場から離れて旧市街の居住区?を歩く。狭い路地やら坑道みたいなトンネル通路をくねくね歩くと、不意に建物の隙間からウマイヤード・モスクのミナレットが覗いた。
 ミナレットとはキリスト教会のオルガンと同じくモスクになくてはならないもので、礼拝の時刻になるとこの塔からアザーン(アッラーアクバール…とかいうあれ)を唱え、信者に知らせる。本来は肉声で詠唱するものだが、現在はほとんどスピーカー。
 そういえば昔の職場の当直室に、どこかの土産なのかミナレットが四本ついたモスク型の目覚まし時計を置いてった後輩がいた(made in china)。セットした時間になると「アッラーアクバール……」と鳴り出す優れものであった。
 それとは別に、大昔「なるほど・ザ・ワールド」というクイズ番組内でごくシンプルな卓上時計が紹介されたのを見たことがある。
 こちらはセットしなくても一日五回、礼拝の時刻に「アッラーアクバール……」と唱え出す画期的な大ヒット商品であった。ちなみにこちらはmade in japan。日本人商社マンの商魂の逞しさには頭が下がる。
 
 ミナレットは夜間ライトアップされることが多く、何故か緑色が多い。正直あまり似合ってないと思うが、イスラム的におめでたい色なんだろうか? ヨハネの首を納めた霊廟も中のライトは緑色だったしなー。謎である。
 
 ミナレットはモスクの格によって本数が異なる。確か「王様が建てたモスクは四本」「王妃(だったか王子だったか)」が建てたモスクは三本」「王子(だったら王族だったか)が建てたものは二本」「庶民の寄付で出来たモスクは一本」だったかな。
 イスタンブールのブルーモスクは、不思議なことにミナレットが六本もある。これは設計担当者が王の「金(Altun)のミナレットを作れ」と命じたのを「六本(Alti)のミナレットを作れ」と聞き違えたからだという。おかしいなーと思いつつも聞き直さずに作ってしまったのだろう。

 ヒューマンエラーの講習会を聴講した際、講師が「発端となった取り違えが起きたとき、人は最初おかしいなとは思うが無意識な思い込みを働かせ、それを納得してしまう。人々の思い込みが重なることで最初のミスは訂正される機会を失い、取り返しのつかない大きなミスが起こる」と言っていた。件のミナレットは、約四百年前に起きたその証明である。でもそのお陰で立派な観光資源になってるし、損失を伴うミスなのかどうかは長い時間が経たなきゃ分からん場合もあるのだろう。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城とかな。 このページのトップへ
011.jpg

 ウマイヤード・モスクの北側、裏手にあるのがサラディン廟。チケットを買うとモスクだけでなくこちらにも入場できる。もちろん肌見せ・髪見せ厳禁なので例のコートとスカーフで武装する。
 サラディンはイスラムの英雄である。遺跡巡りをしていても、何かとサラディンの話が絡んでくることが多い。ガイドさんたちもサラディンについて語るときはとても誇らしげだ。
 情けないことに、私はサラディンという人物を映画(Kingdom of Heaven)でしか知らなかった。作中で彼は聡明なイスラムの王として描かれており、演じた俳優(シリア人の映画俳優・監督、ハッサン・マスード)も貫録があった。「イスラムの偉大な王」程度のぼんやりとしたイメージしか持っていなかったが、回教徒たちの口から語られる彼の姿に、日本における坂本龍馬、勝海舟といった歴史の賢者、そして英雄に近い印象を持った。
 彼らにとって、サラディンは永遠のスターでありヒーローなのだ。

 これは余談であるが、私は趣味でバラを育てており、最近は特に丈夫なアンティーク・ローズに食指を伸ばしつつある。品種を選ぶ際に色々と調べるのだが、アンティーク・ローズの系統のひとつにダマスク・ローズと分類される一群がある。
 名の由来はもちろん古都ダマスカスなのだが、ガイドさんの話によると、サラディンが数百本の苗木を十字軍に寄贈し、それがヨーロッパに渡りダマスク・ローズとして広まったらしい。
 こんな乾いた灼熱の地にバラが育つのかと最初は半信半疑だったが(バラの原種の中にはイラン原産とかもある)、ダマスカス市内はもちろん、シリア、ヨルダンあちこちの街でがしがし花を付けているバラ達を見掛けた。中には古びた民家の庭先でクイーン・エリザベス並に巨大化し、尚且つ花束みたいにピンクホワイトの巨大な花をどっさり咲かせているバラもあった。あれなんて品種なんだろう。ほしい〜! 鉢植えで数日水やりしなくても枯れなさそう!
 
012.jpg

 話をサラディンに戻しましょう。
 上の写真はサラディン廟の内部に納められたサラディンの柩だ。(身内が写っている写真しかなかったのはご容赦願いたい) 不思議なことに、サラディンの柩はふたつある。もうひとつは写真の左にちょっとだけ映っている。手前の柩はドイツの神聖ローマ皇帝から贈られたという。大理石で葡萄の装飾が施された豪華なものだ。敵対しているはずのキリスト者からこれほどの柩を贈られたというエピソードからも、彼の偉大さが伝わってくる。 このページのトップへ
010.jpg

 柱廊を抜けてモスクへ。細長いモスクの中は大勢の信者、そして観光客でいっぱいだ。祈りの時間ではないけど、中央の柵内では男達が、そして柵の外では女達が数珠を手に、また目を閉じて一心に祈っている。でも子供たちは元気いっぱい。柵を乗り越えたり水盤に昇ったりして遊んでいる。なんだかおおらかだ。

009.jpg

 写真左手、モスク中央よりやや南側に、中を緑色のライトに照らされたガラス張りの霊廟らしきものがある。ヨハネの首塚だ。黙示録を著したヨハネではなく、イエス・キリストに洗礼を施したバプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)のものである。絵画や劇の題材として有名な『ヨハネとサロメ』の、あのヨハネだ。
 ヘロデ王の後妻の謀略により処刑され、切り落とされたヨハネの首がここに納められている。ちなみに身体がどこに葬られたかは伝承がなく、謎のままだそうだ。
 サロメに関しては古今東西、ドラマティックに脚色された作品が多々あるが、聖書のわずか数節からあそこまで物語を展開させた作家の方々の才能には恐れ入る。美女というのは今も昔も人々の想像力を掻き立てるものらしい。

 蛇足だが、私がいちばん好きなサロメの物語は塩野七生の『サロメの乳母の話』である。賢くしたたかなサロメの姿が乳母の目を通して語られる短編だが、収録された他の作品も面白いのでおすすめ。

 ヨハネといえば、彼がイエスに洗礼を授けたのは長らくヨルダン川(東岸)とされていたが、近年の発掘でヨルダン川に注ぐ支流のひとつであることが分かった。トロイのように、何層にもわたって教会が建設された跡が発見されたそうだ。洪水で流されるたびに作り直したのだという。それだけ重要な教会=ヨハネの洗礼所跡に建てられた教会だろう、というのが根拠のひとつらしい。ヨルダン人のガイドさんによれば「ヨルダン川は今も昔も泥水だが、支流は綺麗だ」とのこと。やっぱ川に全身浸けられるんだったら泥水より清流だよな。

 大昔、中高とプロテスタントの学校で聖書を学んだ。今回の旅行では、聖書の舞台をいくつか回った。今までもトルコやエーゲ海の島々でイエスや弟子たちの足跡を見て回ったが、物語の舞台をこうして目の当たりにすると、やはりなんだかもう、うまく言えないけどとにかく感無量だ。キリスト教はこんな乾いた厳しい自然の中で生まれた宗教なんだなあ。
 ついでにおまけ。
 イエスたちが実際話した言語(西方アラム語)は既に失われているが、その親戚の東方アラム語はシリアの一部で今も使われている。ガイドブックには「イエスと同じ言葉を話している村」と紹介されているが、厳密には違う。 このページのトップへ
008.jpg

 見学者用の門を入り、すぐ左手が管理事務所だ。ここで先述(10/09)のコートを借りる。腕だの脚だの、とにかく素肌が見えている女性は、これを着用しないとモスクもその隣のサラディン廟も見学できない。着用すると写真のようになる。因に頭髪はコートのフードではなく、自前のスカーフで隠した。

 建物の入り口で靴を脱ぎ、持参したビニール袋に入れていざモスク入場(入り口と出口が違うので)。でもいきなり本殿ではなくて、まず上の写真のようなどでかい柱廊に出る。この柱廊とモスクとで、写真左側に覗く長方形の中庭をぐるり取り囲んでいる。

007.jpg

 上の柱廊を中庭側から見た写真。この位置で右を向くと、モスク本殿?が視界に入る。写真奥右側の小さな建物は、日本でいう神社の手水舎。ここで手や足を洗ったり、口を濯いだりしてからメッカに向かい礼拝する。詳しい作法は知らないが、正式にやると色々と面倒だそうである。 このページのトップへ
005.jpg
 市場(スーク)を抜けると広場に出て、ウマイヤード・モスクに突き当たる。写真はモスクを背に、市場の入り口を見たところ。遺跡のような古い石組みのアーチがそのまま使われている(一部崩れてるけど)。

 モスクに入るには、イスラム教徒以外は裏に回らねばならない。モスクの北にある門から入り、肌の見える服装の女性はチャコールグレーのフード付きコートを借りる。男性も足が出ている場合はぶかぶかのズボンを借りて着用する。私はコートを借り、頭髪は自前のスカーフで隠して入場した。同行した女性は大きめの帽子を被って入場したが注意はされなかった。 このページのトップへ

Information

jarash
  • Author: jarash
  • 遺跡好きの旅行記

Search

Calendar

07月 « 2008年08月 » 09月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -